永井荷風の小説には喜劇仕立てのものが多い。喜劇的な人間が出てくるというよりも、人間の喜劇性が浮き上がってくるといったものである。 昼は弁護士なり医師として周囲から一目置かれる男たちも、一旦職場を離れると何をしているかわからない。真面目な人たちならば妻の待つ家へとまっすぐに帰るのであるが、甲斐性のある男は妾の家に行ったり、芸者のいる待合に行ったりする。どんなに立派な男でも所詮男は男、男は女の尻を追いかけるのである。だから、男という存在そのものがどこか喜劇的なのである。 その男たちの妻たちもたいへんである。夫が妻に内緒で浮気をするから気が気でない。まして、結婚して間がない時期ならなおさらである。女は疑心暗鬼の塊となり、始終夫の動きを探ろうとする。そこで、夫と妻の間で丁々発止が起こる。これもまた喜劇的である。男は妻との間だけでなく、愛人との間でも丁々発止が起こる。これもまた喜劇的である。 これらの男と女たちは実際にはかなり深刻なのであろうが、荷風が描くと深刻というよりも喜劇的になる。じめじめしたものではなくすっきりとした爽やかな小説になる。「二人妻」はその典型的な小説である。
「二人妻」はそのタイトルが示すごとく2人の妻について書かれたものである。 千代子と玉子は女学校時代の同級生である。女学校時代はそんなに親しくなかったが、結婚してから急に親しくなり、よく話すようになった。千代子の夫は弁護士で事務所を構えている。玉子の夫は病院の院長である。2人の夫人は人からはうらやましがられる存在であるが、その内情は深刻であった。 玉子の夫には元女優の妾があり、子供までつくっている。夫はしょっちゅう元女優のところに行く。玉子はその存在を知っており、嫉妬に苦しんでいる。その相談相手が千代子である。千代子は玉子の愚痴を一見親身になって聞いていた。それはあくまで表面的で、実際は玉子の愚痴を聞きながら自分自身をなぐさめているのであった。千代子は自分の夫には馴染みの芸者がいるのではないかと疑っていた。千代子の夫俊蔵は表向きは律儀な人間で、遅くなるときにはかならず仕事で遅くなると連絡があるが、千代子はそれがあやしいと勘ぐっている。芸者の許へと行っているのではないかと思っているのだ。実際、俊蔵はある芸者を愛人にもっていた。俊蔵はその芸者に嫌気がさしてきた。 ある日、玉子と千代子がいつもの百貨店の食堂で落ち合うと、玉子は嬉しそうにした。玉子は自分の夫が元女優と縁を切ったことを千代子に告げた。千代子は何だか残念な気持になった。玉子は今夜芝居を見に帝国劇場に行かないかと千代子を誘った。千代子はその誘いを断った。 千代子は心が晴れない状態で日を過ごした。すると、玉子から連絡があり、玉子は至急千代子に会いたいと言った。いつもの食堂で会ったとき、玉子は化粧もせず、やつれていた。玉子は夫と元女優が元の鞘におさまったことを打ち明けた。千代子は同情を装い、すぐその元女優を訪れるべきだと主張した。2人は元女優が住むという愛宕下の家まで出向いた。2人が元女優の家の前の近くまで来ると、家の格子戸から男が出てきて、2人がいる反対の方向へと歩いて行った。その後ろ姿を見て、玉子は自分に夫だと思ってショックを受けた。実は、千代子の夫の俊蔵も元女優に鞍替えをしていたのである。
「二人妻」はブラックユーモアがよくきいた小説である。荷風が尊敬してやまないモーパッサンの作風とどこか通ずると感じるのは私だけであろうか。 |